ある晴れた朝

手の中にあるもので、どちらかを手放さなければならない場合
どちらも大事だとしても、天秤に掛けなければならなくて
ある瞬間、ふっとどちらかに比重が置かれ、天秤は一気に傾く
手の中からこぼれたものはどこかできっと

また同じことがあっても、同じ判断ができるのか

いつだって生きて行くには時間が足りない
決断するのを引き伸ばしていいわけじゃない
きっとどんな判断をしても、あとで悔やむのかもしれない

もういいやと諦めた瞬間、何事もなかったように一日が始まる
そして、自分の掌の小ささに気付く
指の隙間に気付く

掌に掬って飲めるだけの水で、足りるはずなのにな

もうそこにはそれはなく、記憶だけが執着する

ある晴れた日

歯医者通い前編

歯の治療に通っている。去年の11月からだから、もうかれこれ5ヶ月になる。

事の起こりは去年の松山出張。帰りに八朔大福を買って帰れという指令が出て、しまなみ海道ルートに変更。朝早い特急で、松山を出て今治からしまなみ海道。朝早い上にぎりぎりの到着なので駅弁が買えない(T^T)

やむを得ず、駅の売店でビール。え、駅弁関係ないじゃんって?まあまあ。ビールだけじゃ淋しいでしょ。で「おいしいバターピーナツ」ってのを買ったのよ。で、特急の中でポリポリ食べてたら、カリって音がして。思わずバタピーの袋見たんですよ。なんか入ってんのかなって。

で、飲み込むわけにも行かないし、カリッとの正体を見ようと取り出したのね。石だったらクレームだし。そしたら、乳白色に少し色づいた破片が出てきた。もしかしたらと思い、口の中に触れてみると、歪な触感。

歯が欠けた。

ピーナツ食って歯が欠けた。ただ痛みがあるわけでも何でもないので、「あー欠けたんだ」という認識でいた。私もいい年だしそういうこともあろうかと。

それから2ヶ月ほどしての昼食。サラダがサービスに付いている。ぱりぱりのレタスの歯ごたえを楽しんでいると、またカリッと。口の中に触れてみると、あるはずのものがない。一点足りない。

歯が欠けた。

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審議のランプ

最近、階段とか通路を歩いていてストレスがたまることが多い。

わっちはそれなりに歩くのが速い。前をゆっくり歩いている人がいると追い越したくなる。目的があるときなどはなおさらだ。

たとえば壁があって、そこから1mくらい離れたところを歩く人がいてその隙間を抜けようとする。すると前を歩いている人が急によれてくる。内ラチにもたれるw。当然進路は狭くなり、審議のランプがつく。

スマホなんかいじってるんなら、強引に通るのだがそうでない場合そこで歩速を落とす。これが結構なストレス。

道いっぱいに広がるオヤジの群れにも似ているのだが、追い越せそうで追い越せない。
何でまっすぐ歩けないんだろう。どこか身体の具合でも悪いのか。

さらにもっとイラッとするのが、その瞬間チッと舌打ちをされたりするとき。後ろから迫ってきてるのは感じているんだろうが、その舌打ちは何よw

強引に通り抜けることもできるんだけど、わっちの体格で後ろからぶつかられたらケガするよねぇ。

ケガさせてもダメだし、かといってストレスはたまるし。
でも歩くだけでストレスがたまるってのも問題ありかなぁ。