水に落ちた犬

春場所も選抜高校野球も終わって、プロ野球が開幕。桜の花も散り始め春だなあと思うこの頃。

開幕前に起きた、試合前の円陣での「声出し」やノックで現金のやりとり問題。メディアの編集があるとはいえ、テレビ一般の声は「悪」。そんなに悪いことか?

エラーしたらケツバットとか当たり前だった世代からすると(これ、体罰だと思ってないよ)ちゃんちゃら。例えば、長距離走で競走して勝った方が晩飯奢るとか、その類いでしょ、こんなの。こういうの悪なの?

金額の多寡の問題という人もいたけど、収入違うしw。なんかね、こういう批判する人って、「批判したおれ格好いいじゃん」みたいな匂いがぷんぷんするんだよね。もし本当に「悪」だと思っているなら、その批判した人はさぞかし清潔な環境でお育ちになられたのでありましょう(ATOK君が二重敬語だと警告を出していますw)。

話はがらりと変わるが、春場所千秋楽で白鵬がいなしたことについての批判も多かった。でもあれ、当たっていなしてるよね。当たっていなしちゃいけないのかねえ。

批判している人の多くは、横綱としての品格がどうとか、相撲道がどうとか。横綱の品格っていうなら、ピストルの不法所持の横綱はいたし、相撲道がどうとかいうなら相撲界独特の慣習をどれだけ知ってるのかとか問い詰めたくなるんだよね。

言わせてもらえば、この人たちって普段相撲見てないでしょ。何かの出来事を炎上させて、鬼の首とったように批判するのって最近の日本人だよね。

自分が身を置かない文化についてさ、理解してないのにあれこれ言うのって、どうなんだ。要するに見てもいないことを安易にコメントしてさ、悦に入ってるのはさ、愚かなんじゃないのっていうこと。わっちの身の回りにも結構いるよな。

わっちはそんな無菌室じゃなく、雑菌だらけの下町で育ってるし(汚染されてるって意味じゃないよ、いちいち書かないと額面通り受け取るアホがいるから)、悪とする根拠がわからんってのが本音だな。あーあ、こんなのヤダなあ。

単位展

身の回りにいろいろな単位がある。
長さの単位があれば、重さの単位、量の単位。

日本の生活に根ざした尺貫法や、PCなどの世界のバイトなどなど。前職の時、SI単位になって換算が大変だったのを思い出す。

六本木ミッドタウンで開催されている企画展「単位展 ― あれくらい それくらい どれくらい?」を観てきた。

デザイナーが遊び心満載でやってると見えて、展示物はなかなかシュールなものばかり。

1㎝~100cmのものを1cm刻みで展示するコーナーがあったり、「Playing with Standard」という、工業製品を全く意味なく切ったり詰めたりするコーナーとか、ただただ楽しい。

私が小学生の頃だったか、デジタルの腕時計が流行して、それにはたいていストップウオッチが付いていたが、それを使って5秒ぴったりで止める遊びとかやった記憶があるが、この歳になってここでまた体験したり。

一番印象に乗っているのは、ひらがな一文字一文字の重さが書いてあって、それを天秤に載せて計ることが出来るのだが、サンプルであったのがこれ。

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思わず笑みがこぼれる展示会、お時間があればどうぞ。5/31まで。

たまには日々雑感

悪質ないたずらって言い方に、違和感がある。
花を植えたり、毎日少しずつ蓄えたり、人の関わる思い入れがあって、関わる人の心が折れそうなことを故意にした場合に、それはすでに精神的な傷害罪だと思う。傷つく人がいて、いたずらで済まされちゃ、たまったもんじゃない。

だいたい良質ないたずらってのがあるのか?
たぶん、良質ないたずらって昔の4コマに出てくるような、チャップリンのバナナの皮のようないたずらのことを言うんだろうが、笑って済ませられるいたずらって実はそんなにない。

パンに楊枝刺したりして逃げ回ってたバカガキがいたでしょ。ホント、人の迷惑なんてモノはつゆほどに感じていない。まだ精神が未熟だからってのは言い訳でしかない。関わる人たちの努力や時間を蔑ろにしている。

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