ある晴れた朝

手の中にあるもので、どちらかを手放さなければならない場合
どちらも大事だとしても、天秤に掛けなければならなくて
ある瞬間、ふっとどちらかに比重が置かれ、天秤は一気に傾く
手の中からこぼれたものはどこかできっと

また同じことがあっても、同じ判断ができるのか

いつだって生きて行くには時間が足りない
決断するのを引き伸ばしていいわけじゃない
きっとどんな判断をしても、あとで悔やむのかもしれない

もういいやと諦めた瞬間、何事もなかったように一日が始まる
そして、自分の掌の小ささに気付く
指の隙間に気付く

掌に掬って飲めるだけの水で、足りるはずなのにな

もうそこにはそれはなく、記憶だけが執着する

ある晴れた日

熊本

普段暮らしていて、震度4の地震が起きるだけで恐怖を感じる。
深夜の大きな揺れは、恐怖の底は果てしなく深く、自分だったら気が触れるかもしれない。
さらに大きな余震が続いたら、パニックになって何にもできない。

もうこれ以上の被害が出ませんように。
そして被災された方々、お見舞い申し上げますとともに、気を確かに持って下さい。

何かできること、やります。自然災害に負けないよう、祈ります。

だーく

自分が面倒な性格なのに、面倒くさいことが嫌いで、対人関係でも事柄でもそういうことに当たると逃げたくなり凹む。
ごくたまにそう思う一日がある。

凹み始めると連鎖していき、終いには暗黒面どころか黒一色になる。
どこかで抜け出さないといけない、無理に抜け出す必要はない、どっちだ。

さあ、今日も一日が始まる。気合い入れなきゃね。