たった一人のバカのために

日本の風土社会は性善説に則して、いろいろなものが決められたり、暗黙の了解があったりしているんだと思う。

新幹線の中で油をかぶるなんて、普通では想像できない。想像できないこと、それは人はそういうことはしないだろうと言う範疇から外れていることだからだ。テロなんてのは言外で、幼稚な知能しか持たない人間が、他人の迷惑を顧みずただの自己主張を通すためだけに起こす迷惑な行為だ。

巻き添えで亡くなられた方、負傷された方にはお気の毒としか申し上げられない。善意で成り立っている行動原則に対して、防御などが簡単に出来るわけがない。

昔、爆破テロがあった頃、駅のゴミ箱は撤去された。やっと復活したと思ったらオウムの事件でまた撤去された。そういう、悪用する人間が増えたので、何かイベントがある度、ゴミ箱は撤去される。

人はそういう所に爆弾を入れたり、薬物を入れたりしないという前提で置かれたゴミ箱を悪用するのは果たして、設置した側に油断があると括っていいものだろうか。

この先いろいろと危機管理など喧しくなることと思うが、新幹線の手荷物検査をするような世の中が来るのだろうか。電車に乗る度に金属探知機や何かを通らなくてはならなくなるのか。

たった一人のバカのために、余計な手間が増える。バカは死ななきゃ治らないと言うが、バカは治っても迷惑な手間は消えない。死ぬならご勝手にどうぞ。迷惑かけないで死んでください。

そんなことを考える雨の日。

報告書の解釈

何らかの道具を使って、何らかの行為をする。
そこで事故が起きる。負傷者がいれば現場検証をすることになる。

現場検証を行って、その器具には異常がないという場合、二通りの考え方ができる。

  1. 誤用した場合
  2. 全くの想定外の事象が起きた場合

大抵メーカーに対して上記の報告が来た場合、1を想定する。
2のようなリスクはすべてつぶしているはずだからだ。
ところが善意の第三者の報告書によっては、解釈が異なってくる。

果たして本当に正しくその道具は使用されたのか?

この部分は大抵報告書には書かれていない。
通常の使用方法で使用した場合起きえないことがあって、その事象だけがクローズアップして報告される。製造者の責任問題もあるから、慎重に書かれなければいけない。

読者がその業界人なら、その道具の優秀さなどを知っていて読むから問題はさほどない。が、一般人が読む場合どうだろうか?

リスクをすべてつぶそうと考えるのは、機器を製造する上で当然の考えなのだが、また完全につぶすことができないのも事実なのだ。
日本の技術力を持ってしても、安全率を3にしても5にしても、不測の事態で事故は起きる。

善意の第三者によって書かれた報告書が、その内容によって曲解されてしまうことがどれだけ不幸なことか。

詳しい内容が書けないのでわかりにくいが、そんなことを考えた1日。