評論家

wikiで前職に関連するところをのぞいてみた。
評論家の文献からそこの欄は書かれているのだが、それを読んで、評論家と名乗る御仁に一言。

書かれている内容があまりにお粗末で、突っ込みどころが満載。
それで評論家が名乗れてお足がもらえる。
世間的には、評論家ってのはいわゆる「エラい方」で、その方面の知識は卓越してるのだと思われている。

しかし評論家は専門家ではない。評論家がミスリードするとそれが一般的な常識になってしまうこともしばしば。知名度の高い評論家が浅学なのに書き飛ばす記事を、一般の専門でない読者が、知識として蓄積する。その誤った知識、常識を払拭するのに専門家はどれだけの労力を費やせばいいのだろう。

評論家諸氏よ、もっと勉強したまえ。
製品やその他の知識の弱い分を仕事でやるなら、ちゃんと基本的なことくらいは身に付けないといけない。
毀損にも中傷にもあたらない迷惑な記事、これの始末が一番厄介だ。

退化

土曜日の投稿で思い出したこと。

前職は、建築にあわせて設計するのが仕事だった。設計図がある新築物件はいいが、既存物件は自分で状況の採寸をしなければならない。ノートに略図を書いて、寸法を書き入れていく。いわば前職の仕事のキモはそこにある。

私は自分でCADも弄れたし、自分で設計してたが、そうでない営業も当然いるわけで、その場合、採寸した条件を設計に渡せば、仕事は流れる。採寸図だけでは不足がある場合、現場を確認してきた営業の記憶が頼りになる。

採寸状況を携帯で撮ってる部下がいた。確かにそれを見せれば、設計は可能だろう。だが、写らない部分の状況は不明だ。なので、あとで状況を尋ねると、ほとんど答えられない。略図付きで記入していけばそんなことはないのに。

書くという行為は、記憶することの最も単純な補助行為だ。脳がいつも働いている状態で、視界に入る条件を全部確認できるわけではない。もちろんそういう特殊な脳を持った人もいるだろうが、現場調査をして確認すると言うことはそういうことだ。

その部下に聞くと、撮影しておけば自分が記憶しなくていい、つまり、脳が「記憶するという行為」を行わない。「撮影をしたという行為」を覚えているだけで、他の記憶はない。

よく、頭は使えば使うほど・・・というが、こと仕事において記憶しなくていいことってあるのだろうか。しかもそこはキモの部分だ。当然予見されるケースとして、再確認に行かなくてはならなかったりする。一回ですむものを無駄に時間を使う。

往々にして仕事ができないヤツはそういうタイプかなと思う。横着なのだ。時刻表を携帯で撮るくらいならまだしも、雑誌なんかを撮影するヤツって、実際仕事はできないんだろうな、と思ってしまう。

え、私がそんなに記憶力いいかって?すみません、最近人の顔が覚えられません(苦笑)

健在

今の職場というのは、前職の職場とも関係がある。前職の会社が加盟している団体だから当然なのだが、最近前職の会社の噂話を小耳に挟む。

あまりいい話ではないし、私に同意を求められても困る。先日も電話があったので適当に話をしていた。電話を切ったあとのそれを聞いていたうちのお局さんと会話。

局「◯◯さん、業績悪いのかしらね」
私「そんなことはないと思いますが」
局「局長みたいな人が辞めたから、大変なんでしょうね」

お、持ち上げてくれてるw

私「まあ、ネームバリューもあるし、大丈夫じゃないですか」
局「△△社長も大変よね、全く畑違いのところから来てるし」
私「スタッフがちゃんとしてれば大丈夫ですよ」

話はいつしか待遇の話に。

局「△△社長も社長なんだから、給料□□円もらいますとかドーンと言っちゃえばいいのよね、ところで局長はどれくらいもらってたんですか?」

不躾な質問。

私「※※円でしたかね。ここに転職して☆☆円の減収ですよ」
局「それは前職もらいすぎですね」

はい?

あんたは経営者かよっ!

局「変な意味じゃなくてね」

はい?
変な意味以外にどう解釈すりゃいいんだ。

ってか、最近温和しいと思ってたけど変わってませんね。
日本語が不自由な環境、外国ならまだしも、社内で・・・
精進しなくちゃね(苦笑)