たぬきのMusic Chronicle~第7回~佐野元春Part4

ナポレオンフィッシュと泳ぐ日

佐野元春にとって唯一の日本語タイトルアルバムであるこのアルバムは、作品的に大きな変化を見せた。

ハートランドの演奏は減り、スポークン・ワードをアルバムに入れた。曲調はバラエティに富んでいる。トータルテーマはないのだが、聞き込んでいくと味わい深い。このアルバムは、内包された悩みを解放させながら、自己批判と内省に戻る内容なのだ。

タイトルチューンのイントロの妙なハイテンションで解放させて、自分自身を奮い立たせるようなラインナップの二曲目が続くのに、精神はネガティブになっていく。思えばこのPVも、すこぶる明るいもので、たしか「HIT’S」という番組だったと思うが、初見で別人かと思うくらいの衝撃があった。

「おれは最低」や「ブルーの見解」などの自己批判とも取れる楽曲は、元春自身の当時の悩みであると言えまいか。等身大の自分を伝えることの難しさ、そこには元春の死生観すら垣間見える。

おそらくこの頃の元春は、新たな表現方法を模索していたのだと思う。バラエティに富む曲調こそが、ロックンローラーでありポップシンガーである元春の真骨頂であり、そこにのせる言葉は表現方法の一端に過ぎないのではないか。
抽象的な表現が選択する言葉は他の誰とも違うが、そこに一貫性があるのかというとそうではない。ただ、それほどとっ散らかった印象がないのが不思議で、前作と併せて佐野元春を語る上で重要な位置を占めるアルバムと言える。

そして元春は表面的には迷走していく。確固たる表現を模索しているが、ファンとして「え?」という方向性に走って行く。それが次作以降のアルバムだ。 “たぬきのMusic Chronicle~第7回~佐野元春Part4” の続きを読む

たぬきのMusic Chronicle~第6回~佐野元春Part3

鋼鉄のような知恵

VISITORSを発表してから暫くして元春は帰国する。このあとこのアルバムのツアーを敢行するのだが、残念ながらこのツアーは見ることが出来なかった。あとで聞くと相当アバンギャルドなツアーだったらしい。

その後、85年2月に「Young Bloods」を発表するのだが、これがまた「VISITORS」とはサウンド感が異なる楽曲で、「Shout To The Top」によく似ていると言われたものだ。元春の曲はいわゆる本歌取りに近いものが多い。パクりと言う言い方をする人もいるが、本歌に対するオマージュに溢れていると私は思う。

鋼鉄のような知恵、輝き続ける自由・・・タフな人間たちにこそ自由はある。しかし、そこにたどり着くまでいくつの夜を越えるのか。そんなテーマがここにはある。

「Young Bloods」は国際青年年のテーマ曲として、NHKのスポットでもかなり流れていた。そのせいもあって、元春初のトップ10ヒットとなった。いわゆるブームとしてのセールスはこの辺りから急に上昇カーブを描く。同曲の印税は飢餓に悩むアフリカ難民救済のチャリティーとして寄付された。

前後して松田聖子にHolland Rose名義で「ハートのイヤリング」を提供した。ペンネームの由来は諸説ある。この曲はTOPヒットとなったが当時このペンネームが誰なのかというのは、あまり公開されてなかったので話題にもなった。
その後元春は自作詩を音楽に乗せて朗読するという手法をとる。スポークン・ワードと言う手法だが、前回のアルバムで日本語ラップというジャンルを開拓した元春にとって、詩人としてさらに抽象的かつドラスティックに見つめた解釈の音楽とは言えまいか。

この手法は現在までも好んで使っており、その詩には元春の持つ様々な世界観が凝縮されている。音楽、というか楽曲としてメロディに乗せなければならないという制約がないからだろうか。

シングルカットされた「リアルな現実 本気の現実」はセールス的には伸び悩んだ。元春はブームが上昇気流に乗りそうなところで実験作を発表することが多いような気がする。 “たぬきのMusic Chronicle~第6回~佐野元春Part3” の続きを読む

たぬきのMusic Chronicle~第4回~佐野元春Part1

昨日から、頭の中でずーっと鳴っている曲がある。

「I’m in blue」

佐野元春の三枚目のアルバム「SOMEDAY」に収録されている。
何の動機かわからないが、脳内にずっと歌詞が流れている。

今回から何回かに分けて佐野元春について書こうと思う。

佐野元春・・・1980年3月21日、シングル「アンジェリーナ」で歌手デビュー。これだけ書くと何の変哲もない。
しかし、デビュー直後からテレビ神奈川の音楽番組「ファイティング80’s」のレギュラーに抜擢されるなど、プロモーション的にはある程度恵まれていたと思われる。宇崎竜童がMCの番組で、友人に言われたので見ようとするのだが、当時UHFを見るのは難しかったのを覚えている。同年4月21日にアルバム『BACK TO THE STREET』を発表。7月から月一回、新宿ルイードでライブを始める。

新宿ルイードは当時、新宿駅前のビルにあり、それほど多くない観客の前で元春はハートランドとともにライブを行っていた。今でこそそんなパフォーマンスは当たり前だが、狭いステージを走り回り、時にはテーブルの上に立ち、時には設備の消火器に向かってシャウトするボーカルに、熱くなった。

「つまらない大人になりたくない」

どれだけそう思って、今まで過ごして来たことだろう。私はつまらない大人になってしまっただろうか、常に自問自答してしまう。この頃の元春の言葉にいろいろな想いが重なる。

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