へたっぴい論

私が参加していた団体の、それはそれは大先輩方が、ライブハウスでライブをしている。いろいろな人が参加しているし、楽しそうでもある。SNSの普及の最たる利点の一つかも。

楽器いじってりゃ人前でやりたくなるし、歌も歌いたくなろう。でも私は歌が下手だ。ギターも下手だ。ライブなんだから最低限のレベルは必要なのかもしれない。

必要最低限のレベルってのはある。人に聞かせられないレベルってのは自分で恥ずかしく思うだろうし、でもそれはそれでいいんだと思う。

例えば駅前やストリートで歌ってる連中にしたって、ヘタクソなのはたくさんいるし、そいつらはやがて淘汰されていくだろう。

ただその前に、(犯罪じゃない限り)何かを表現したい、目立ちたいってのはあって良いことだと思うし、そのライブが例えば不特定多数に公開されていて、商業ベースとして動いてるんじゃなければいいんじゃないかなと思う。

皆さんお上手な方が多いし、それなりのレベルなのもよくわかる。だからといってそこで下手なのを排除するとかそういう雰囲気が私は好きではない。自分が下手なのもあるが、そういう敷居の高さというか、参加しづらい雰囲気というか。

ただでさえ大先輩方がやってるところに、ぽっと出の一回り以上下の年齢層が出てきても話は噛み合わない。先輩というのは基本的に増えないし、後輩はどんどん増えるから訳がわからないと思う。そこには歴然とした高い壁があることを大先輩方は気付かない。

参加したいってのもあるし参加したくないってのもある。今はカラオケボックスで楽器も弾けるから、そこで歌うのが関の山なのかな。

本来、自由参加であった場所で、旧交を温める楽しさを規制するようなことが起きてくるのは、まあ、この団体らしいっちゃらしいんだけど、そういうところで先輩風が吹いたら後輩どもは参加できない。だから、私は参加しないんだよなあ、とカラオケで自己満レベル、つまりは自分の好きなように好きな歌を歌うので満足できるレベルは思うのであった。

やのつまプロジェクト

「変な声で変わった曲を歌う変な人」

東京のみならず日本全国が横に激しく揺れた日、その時間、私はビルボード東京にいた。開催中止の不安もあったが、素早くスタッフがライティングなどの確認をし、ほぼ定刻にライブは始まった。

三味線プレーヤーの上妻宏光とのコラボは、異種格闘技に思えるほどだったが、それは自分の不明に過ぎないことに気がつく。

上妻宏光は、太棹をまるでブルースギター、もしくはメタルのように激しくかき鳴らす。三味線の音色なのだが、時にはファンキーさを醸し出す。

対して矢野顕子のピアノは、音階が和に傾くも洋に傾くも自在で、音色が溢れんばかりに豊かに押し寄せてくる。

大昔、山下洋輔にハマったことがあって、そのときのフリーさにも驚いたものだが、彼女のピアノは、和音のどこにこの音があるんだというほどフリー。なのに違和感は少しもない。二度同じ演奏することはできないそうだが。

特筆すべきは、前述の「変な声で変わった曲を歌う変な人」が、全くと言っていいほど違和感がなくなっていたこと。演奏力もさることながら、その声に魅了される。

透明な糸を何本もより合わせて太いロープにした状態なのに、まだ透き通っている。太いクリスタルボイスとでもいうのか、その上で和音のどこにこの音があるんだという音感。

この音感があってこそ、津軽三味線と合わせることができるのか。同行者がまだ温和しいといっていた三味線だが、充分に迫力は出ていたと思う。セットリストは次の通り。 “やのつまプロジェクト” の続きを読む

森高千里のライブに行ってきた

※アイキャッチ写真はFacebookのものです。

森高千里のライブに行ってきた。

友人が申し込んだ、倍率の高いはずのチケットがなぜか二組当たってしまったらしく(友人曰く罰ゲーム状態)、お誘いを受けての参加。

場所は、BlueNote東京。普段はジャズクラブとして運営されている。
ジャズクラブの客層とは明らかに違う集団が店内で寛いでおり、森高の全盛時に青春期だったであろう年齢層の集団は私とほぼかぶっている。

ワンドリンク制で、この日専用のスペシャルカクテルがありその名も「ララ サンシャイン」。ゆずの風味があるカクテル。かなり甘めではある。しかしこれが伏線。

全身シルバーの衣装に身を包んだ森高千里が登場。なんと言っていいのか、とても年齢相応に見えないほどかわいい。いや、実物半端じゃない。これだけでも眼福。

さて、ライブが始まるのだが、私はヒット曲くらいしか知らない。楽しめるかどうかとても不安だったが、杞憂に終わった。

セットリストは下記。

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