外メシシリーズ2015~9月第一週Part2~

9月4日

新橋から歩いて出勤途中の朝食

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朝そば。この味に慣れたのか。まあ、安定したね。

で昼食は、その斜向かい

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チャーシュー麺(中)+ネギ。個人的にいうならネギをスープに沈めて少し熱を通したいな。ざっと湯通ししてくれてもいいんだが。

9月5日

休日だし、平和島でもと。

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当然のレッドスター。走れレッドスター。チャンス切り拓け。

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で、油そば上だけ。玉子別にしてもらった。片隅でじんわりと飲んでる平和な島。正しい土曜日。今日も旨かったす、ビールがw
しかしこのカウンター、いつかクリーンにしたいなあ。

記憶の断片

自分の都合のいいように、記憶が消せたら、ずいぶん幸せだろうな。
楽しかった思い出に辛い思い出が重なって、どちらかを消したい…
大抵は辛い方だけ消せばすむ。でも、今の状況が延長線上にあるなら、まとめて消したい時もある。

こういうことを乗り越えていかないと成長しないんだが、今が精一杯だと仕方がない。

毎日毎日同じことを繰り返しても、どこかで少しずつ消しゴムをかけたり。
手に入れた分と同じ数だけ無くすものがあったとして、なくしたものに対する愛着。
無くしたくないものを最初からそっくり無かったことにすれば、哀しくならないのにな。

誰がいいとか悪いとかじゃなくて、そこを消して、新しく書き替えて…

無理だ。

自由に生きようと思えばできるのだろう。
それがなぜできない?

できない理由は手枷と足枷なんだろう。
年を取るほどに柵が増え、やり過ごすのもうまくなるが、飲み込めない異物の量も増える。

自分の歩んできた歴史や、心の表面を覆う苔を全て投げ捨てて、新しいシャツを着るのは、相当の勇気がいる。
その勇気を持つには相当のパワーが必要。

そんなパワーがあったらそもそも悩まない。
若いからこそ持ち得たものを、この年齢までキープしているやつなんてそんなにいない。

精神は老け込みたくない。
でもパワー出力は年々小さくなっていく。

新しいシャツを買っても、着ないうちにサイズが合わなくなる。そんなことの繰り返し。

手枷も足枷も断ち切って、一人の男だったと見つめ直す時間やチャンスは、いつの間にか目の前を通り過ぎた。
チャンスは見えなかったのではなく、見ようとしなかっただけ。
それを捕まえて実行するリスクに怯えていただけなんだろう。

捨てることはできないけど、自由にはなりたい。
この矛盾をどうすれば解決できるのか。どこかに答えはあるのか。

昔なら、探し回っていた。
少しずつずるくなって、やり過ごすことができるようになってきて。
それが年を取ったと言うことなのか。