退化

土曜日の投稿で思い出したこと。

前職は、建築にあわせて設計するのが仕事だった。設計図がある新築物件はいいが、既存物件は自分で状況の採寸をしなければならない。ノートに略図を書いて、寸法を書き入れていく。いわば前職の仕事のキモはそこにある。

私は自分でCADも弄れたし、自分で設計してたが、そうでない営業も当然いるわけで、その場合、採寸した条件を設計に渡せば、仕事は流れる。採寸図だけでは不足がある場合、現場を確認してきた営業の記憶が頼りになる。

採寸状況を携帯で撮ってる部下がいた。確かにそれを見せれば、設計は可能だろう。だが、写らない部分の状況は不明だ。なので、あとで状況を尋ねると、ほとんど答えられない。略図付きで記入していけばそんなことはないのに。

書くという行為は、記憶することの最も単純な補助行為だ。脳がいつも働いている状態で、視界に入る条件を全部確認できるわけではない。もちろんそういう特殊な脳を持った人もいるだろうが、現場調査をして確認すると言うことはそういうことだ。

その部下に聞くと、撮影しておけば自分が記憶しなくていい、つまり、脳が「記憶するという行為」を行わない。「撮影をしたという行為」を覚えているだけで、他の記憶はない。

よく、頭は使えば使うほど・・・というが、こと仕事において記憶しなくていいことってあるのだろうか。しかもそこはキモの部分だ。当然予見されるケースとして、再確認に行かなくてはならなかったりする。一回ですむものを無駄に時間を使う。

往々にして仕事ができないヤツはそういうタイプかなと思う。横着なのだ。時刻表を携帯で撮るくらいならまだしも、雑誌なんかを撮影するヤツって、実際仕事はできないんだろうな、と思ってしまう。

え、私がそんなに記憶力いいかって?すみません、最近人の顔が覚えられません(苦笑)

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