禁断の裸体

渋谷のシアターコクーンで「禁断の裸体」を見てきた。

妻を亡くしたエルクラーノ(内野聖陽)は、息子のセルジーニョ(野村周平)と3人の独身のおばたち(木野花、池谷のぶえ、宍戸美和公)と暮らしている。狂信的なクリスチャンである4人に異常な禁欲生活をエルクラーノは強いられている。

少しやさぐれた弟のパトリーシオ(池内博之)の悪計で、娼婦ジェニー(寺島しのぶ)を紹介されたエルクラーノは、最初こそ戸惑うものの次第に愛欲に溺れていく。

物語は周囲に翻弄され続ける不器用で情けない男・エルクラーノを軸に進んでいく。娼婦・性的不能・男色と立て続けの性描写、濃厚な絡みとこれだけ書けば立派なポルノグラフィなのだが、ここに宗教が絡むと味わいが変化する。

キーワードは「脱ぐ」。初っぱなからパトリーシオが全裸。しばらくしてエルクラーノが全裸。そしてジェニーも全裸。舞台の上でここまで潔いと唖然とする。

ベッドの中のちょっと間抜けなシーンなど、誰しも経験がありそうなことを描いていき、エロティックコメディとまでは行かないが随所に「大人の」笑いが入る。

ジェットコースターのように展開する場面は、演技力の高い出演者たちによって奔流のように進行していき、息をつくのを忘れるほどのスピードだ。

特に主演の内野聖陽のコミカルなまでの情けなさや、寺島しのぶの悪女淑女綯い交ぜの女っぷりが溢れんばかりの存在感となって、私の頭の中を席捲した。

寺島しのぶにはあまり興味がなかったが、これを見て思わず惚れ込んでしまった。

演出の三浦大輔氏の本領発揮とも言うべきで、再演希望の舞台だ。

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