クレーマー

ある店のクレームの一件を読んで。

寛容さがなくなったと感想を書いていた方がいたが、そういう問題ではない気がする。

要は何か一点でも気に入らないことがあれば、クレームを付けまくる。それは取るに足らない内容でもかまわない。

始末に悪いのは、クレームを付ける自分が正義の塊かのように「こちらが正しいのに、認めないとは何事だ!」と、陶酔してしまうこと。

店主が「何が目的なのか、理解不能」と書いていらっしゃったが,こういう輩には目的なんかない。クレームを付けたいだけなのだ。(あ、それが目的か)

そして、店側から謝罪の言葉や、何かの品をせしめようとする。クレームを付けたことによる戦利品は副次的なもので、いつしかそれが逆転していき、目的はそれになる。恐喝という立派な犯罪だ。

クレームならその場で言えばいい。ネットに書いたり、ネガティブなキャンペーンをすることを仄めかすのは、いかがなものかと。

一種の心の闇、心の病みと書き換えてもいい。幼稚な欲求をそのまま持ち続けて、形だけ成熟した人間になってしまっている。

そして、何事もそうなのだが、記事を読んだ方は明日は我が身だ。接客業、特に飲食業では、顕著に起こりえる問題だと思うが、どんな仕事でも対価として金銭をもらう以上、置き換えて考えることはできまいか。

その店主には、「気にしないで、営業してください」としか言えない。クレームに対する初動は、話を聞くことなのだが、最初からクレームが目的の客に、貴重な時間をとられてはかなわない。いつでもそこにある問題は、案外根が深い。

コメントは停止中です。