たぬきのMusic Chronicle~第7回~佐野元春Part4

ナポレオンフィッシュと泳ぐ日

佐野元春にとって唯一の日本語タイトルアルバムであるこのアルバムは、作品的に大きな変化を見せた。

ハートランドの演奏は減り、スポークン・ワードをアルバムに入れた。曲調はバラエティに富んでいる。トータルテーマはないのだが、聞き込んでいくと味わい深い。このアルバムは、内包された悩みを解放させながら、自己批判と内省に戻る内容なのだ。

タイトルチューンのイントロの妙なハイテンションで解放させて、自分自身を奮い立たせるようなラインナップの二曲目が続くのに、精神はネガティブになっていく。思えばこのPVも、すこぶる明るいもので、たしか「HIT’S」という番組だったと思うが、初見で別人かと思うくらいの衝撃があった。

「おれは最低」や「ブルーの見解」などの自己批判とも取れる楽曲は、元春自身の当時の悩みであると言えまいか。等身大の自分を伝えることの難しさ、そこには元春の死生観すら垣間見える。

おそらくこの頃の元春は、新たな表現方法を模索していたのだと思う。バラエティに富む曲調こそが、ロックンローラーでありポップシンガーである元春の真骨頂であり、そこにのせる言葉は表現方法の一端に過ぎないのではないか。
抽象的な表現が選択する言葉は他の誰とも違うが、そこに一貫性があるのかというとそうではない。ただ、それほどとっ散らかった印象がないのが不思議で、前作と併せて佐野元春を語る上で重要な位置を占めるアルバムと言える。

そして元春は表面的には迷走していく。確固たる表現を模索しているが、ファンとして「え?」という方向性に走って行く。それが次作以降のアルバムだ。

Timeout!

「ぼくは大人になった」という曲で始まるこのアルバムはタイトルからして否定的だ。時間切れで彼は大人になってしまった。

「つまらない大人になりたくない」と言っていた彼が「ぼくは大人になった」・・・この相克が物語っている。元春は「ガラスのジェネレーション」で投げたテーマに自縄自縛されてしまったのだ。

そして彼は自分の内面のカオスに巻き込まれていく。少年の心のアンチテーゼとも言える大人の世界、自分が置かれた立場と周囲の環境にもがいていく。

それまでの元春は「誰かここに来て救い出してほしい」などとは口にしなかった。前作に垣間見えた死生観を含むやるせなさは、精神的な閉塞感となってこのアルバムに表現されている。

聞き込んでいくと、本来ならば明るく軽いナンバーの「ジャスミン・ガール」が重く感じる。どこか違うサウンドが醸し出す、いわば今までの元春らしからぬアンニュイな世界となってしまった。

ここに収録されている、「君を待っている」というバラードは今までの能動的な元春から受動的な元春への過渡が実によく表現されている。この曲だけこのアルバムでは毛色が違うのだが、違和感はない。さすがに元春をよく理解している吉野金次だ。

そして元春は次作で、抱えた内面の悩みの解決を試みる。

続きは次回。

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