訃報と感情

だいぶ前の話。
小学校中学校高校と先輩だった人が亡くなった。僕より1歳上。
高校の頃からもうお付き合いはないが、ご近所だし、とお通夜に出かける。

仕事の関係で、お通夜が終わってから駆けつけた次第(知ったのは当日の2時頃だし)で、もう誰もおらず、祭壇の前の所作も解らず。
ご両親がいろいろと小さい頃からの思い出とか語ってくれた。気丈に振る舞われていてそれがかえって悲しくなった。

しかし、悲しいと思ったのはご両親にお目にかかれたからで、その方が亡くなられたことには特別な感情は起こらなかった。そのあと考えたのは、自分の感情の内に本当に悲しいと思う部分が、もしかしたらポッカリ欠落してるのではないかと。

寧ろ、人が泣いてるのを見てああ悲しいことなんだと思う自分が少し怖くなった。私はすごく冷たい人間なのではあるまいか。

そのあといくつかの永の別れがあって、その度に戸惑いがあって。

でも一昨年義母が、昨年友人が、亡くなって、亡骸と対面したとき、溢れる感情を抑えられなくなっていた。悲しい。たった一言で言えばそれだけ。

ああ、私にも感情がちゃんとあった。そう思った。
やっぱり、壊れていたんだな。麻痺していたんだな。去年の今頃がピークだったな。

心はまだまだリハビリ中ですが、毎日定時に帰れる有り難み、感じています。

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