ラーメンに関わる言葉

言葉はその時代時代で変質していく。
同じ言葉なのに、意味が変わってしまう。
元は違う言葉なのに、同義として使われてしまう。

仕方のないことなのかもしれない。
しかし、その変質した言葉についていけないの人間がいるのも事実。
私はラーメンが好きだから、ラーメンに関わる言葉が変化していくのはちょっと気になる。

「タレ」に対して「返し」と言う言い方をする。
本来は砂糖と醤油を煮返して馴染ませたものが「返し」。煮返すことによって醤油の角が取れて丸くなる。

煮返さなくても「返し」と言う名になることはある。「生返し」なんてのは醤油に火は入れない。だから本来「生返し」なんて言葉は矛盾を含んでいる。

とはいえ今のタレは、そばの返しのように煮返して熟成させるものもあるから必ずしも違うとは言えない。「タレ」を「返し」というのは理解の許容範囲内だ。

透明な出汁に、醤油ダレで出来たいわゆる「澄んだスープ」を最近は「清湯」と言う。おそらくは、濁りのあるスープである「白湯」に対しての「清湯」だと思うが、なんか違和感があったので調べてみた。

そもそも出汁である「スープ」を「湯」というのは中華料理の呼び方だ。肉や骨などの動物系の出汁は強火で煮込めば煮込むほどエキスが出るが、同時に濁りもする。コラーゲンが出るまで煮込めば白濁する。これは「白湯」だ。

対して、動物系の素材を使い、火加減に気をつけて、白濁させないようにとった出汁が「毛湯」で、このスープを澄ませたものが正しい技法の「清湯」となる。

「清湯」はフランス料理でいう「コンソメ」と製法が似ている。牛肉・鶏肉などからとった出汁を「ブイヨン」と言うが、「コンソメ」はそこに脂肪の少ない肉や野菜を加えて煮立てる。そこに卵白をくわえてアクを吸着させ、さらにそれを漉す。そして脂分を取り除くという製法だ。見た目は単純だが非常に手の込んだスープなのだ。

だから、「ブイヨン」と「コンソメ」は別物なのだ。結婚当初、ゲストに入念に作った「コンソメ」を提供したところ、某調味料メーカーの製品名の「コンソメ」だと思われて、ガッカリしたことがある。今となってはいい思い出だが。

対して「清湯」は「毛湯」に鶏肉や鴨肉のすり身を加えてスープを澄ませる。これは掃湯(サオタン)と言う技法だ。肉は熱を加えると固まるが、かき混ぜながら加熱すると、毛湯の中を浮遊している細かな固形物を吸着する。肉が細かいほど細かな固形物を吸着する効果が大きく、取り切れなかった灰汁なども取ることが出来る。そしてそのために加えた肉からは旨味が出る。出来たものが「清湯」だ。中華の技は素晴らしい。

つまり「清湯」も正しい製法で作ると、非常に手間がかかる。ただ澄んだスープだからと言って「清湯」と呼んでいいものか。

もちろん、沸騰させずに出汁を取る大変さはよくわかっているつもりだ。私も自分で料理するが、動物系の出汁はすぐ濁る。なので「スープが微笑む温度」で長時間煮出す。付きっきりでいられるわけではないから、ちょっと他の用を済ませた瞬間、濁ってしまったりする。

今は中国でも厳密な定義わけはしてないようだ。ああ、そういうもんなのかと調べて納得はしたが、あんまりすっきりしないな。

言葉が変質していくのは世の倣いだから仕方ないが、その前にある言葉の意味に敬意を払いたい。まあ、変遷について行けない、私の頭が固いと言うことなのかもしれないが。

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